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2006年11月06日

国民文化祭やまぐち公演

 11月4日国民文化祭やまぐちでの「花と天丼一杯」公演を無事終了いたしました。
33回忌の命日の日、和作先生の故郷で公演をさせていただきました事、私ども尾道てごう座にとりまして大きな記念の公演となりました。又、和作先生ゆかりの方たちに見守られながらお伝え出来ましたこと、生涯忘れることのできない節目となりました。
 今年に入り、山口での国民文化祭出演が決まり、演目は迷わず「小林画伯」を選ばせていただきました。プログラムにも載せておりましたが、高橋玄洋先生のありがたいお言葉、村上選先生も惜しみなく力を貸してくださいました。また、宇部の小林年子さまも気持ちよく、和作先生が使われておられた御仏壇を貸してくださり、何から何まで皆様のお力添えがあったなればこそでした。
和作先生のおそばで無事終えさせていただいたと感じ入っております。秋穂の「小林和作先生頌徳会」に皆様も大勢お越しいただき、花束までいただきましたこと重ね重ね御礼申し上げます。
11月25日・26日と尾道公演です。尾道の皆様にもこの感激をお伝えできますよう役者一同がんばりたいと思っております。


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2006年09月21日

「花と天丼一杯」 ―和作の美学―

 次回公演  作・演出   村上 宏治

 慌しかった一周忌の法事を終えて独りになった敏子。振り返る一年・・・やっと心も落ち着き仏壇に向ってなにやら話しかけている。和作を慕う人が集まってくる。集まる人達がそれぞれの思い出を語る。又1年が過ぎた。アトリエにおいてあるキャンバスと画材はあの日和作が出かけたままの状態であった。三回忌を迎え和作を偲ぶ声が高まり、人々は命日を和作忌と名づけた。数奇な運命を自由に生きた達人として今なお語り継いでいる。色彩の魔術師、民衆画家、日本画壇の伝説的人物、どんな言葉をもってしても言い尽くせぬ。「絵の町尾道」と絵筆で染め抜いた人間「小林和作」。山口の地で今一度、花ひらく。


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*写真は和作の生まれ育った山口県秋穂町

2005年06月03日

第九回公演

第九回公演 (第62回尾道みなと祭)
過去上演演目抜粋公演
平成17年4月30日・5月1日
県営上屋倉庫2号


催し物
  ・テゴー座過去上演演目抜粋公演
    平山角左衛門と平田玉蘊の案内による
       「林芙美子」「行友李風」
  ・ 尾道大学演劇部公演
  ・テゴー座役者によるバナナの叩き売り
  ・役者と写ろう(写真撮影)
  ・尾道まるごとタイムスリップ ~大正時代への誘い~
   てごう座の着物着付け貸出し (一日1,000円)


てごう座の稽古に使用させて頂いている尾道市西御所町の海岸沿い、
県営上屋倉庫を芝居小屋に見立てた公演を無事終了しました。

今回はステージ作りから全てをてごう座で行うという異例の公演になりました。
私を含め裏方スタッフにとっても、とてもやりがいのある公演になったと思います。

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第八回公演 「遠花火 一瞬燃ゆるおもひあり ~横山美智子その愛~」

第八回公演 (けんみん文化祭ひろしま‘04)
「遠花火 一瞬燃ゆるおもひあり ~横山美智子その愛~」
平成16年11月26日・27日
しまなみ交流館

「緑の地平線」が朝日新聞の懸賞小説に当選し世に出たのが今から70年前。尾道生まれ、尾道育ちの href="http://www.tegouza.com/mt/archives/000146.html">「横山美智子」は17歳で文学を目指し上京。キリスト教の教会で幼児教育に強い関心を持つ横山寿篤氏(三原市出身元小学校教師)と出会い結婚。三人の子ども達に恵まれ、子供たちの内面を伸ばすことによって、共に成長しながら「人間を育てる」大きな志を遂げていった人でした。
 雑誌「金の船」に掲載された童謡は、今も私達の心に息づいています。昭和18年に作られた「くもとチュウリップ」のアニメは日本動画史において原点となる作品でした。
大正、昭和というこの時代、特に幼児教育に視点をおいた人間観は、現在生活している私達が大切に考えなくてはならないテ-マだと語りかけています。
 晩年、病床のベッドから「勉強しましょうね。世の中の役に立つ人間になる為学びましょう。」と言い続けた美智子。この心は三人のお子さんがそれぞれ、イギリス文学者、画家、バレリ-ナとしての道を歩き、人間「横山美智子」をしっかりと受け継がれている事です。
 この公演にあたり、長女の山脇百合子様、次女の長島てるひ様から在りし日のエピソ-ドをたくさんお聞かせいただきました。お二人のお話は「横山美智子」さんのメッセ-ジそのものでした。


チラシ 表 View image


チラシ 裏 View image


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第七回公演 「雁木物語」

第七回公演 (第61回尾道みなと祭 座長追悼公演)
「雁木物語」
平成16年4月25日
しまなみ交流館

一昨年の公演「雁木物語」の二回目公演でした。
私共の座長、駄賀繁男が平成16年3月20日に急逝いたしました。
多くの皆様から励ましのお言葉を頂戴し、座員一同心より感謝申し上げます。
この公演は、亡き座長の演出で練習を進めて参りました。
芝居を愛してやまなかった座長の最後の舞台となります。
5年間共に歩ませていただいた私たちの心の中に、いつまでも生き続けています。

第六回公演 「あばれ花・芙美子」

第六回公演 (県民文化祭ひろしま‘03林芙美子生誕100年記念事業)
「あばれ花・芙美子」
平成15年12月5日・6日
しまなみ交流館

初恋が夢のように咲いた尾道
恋に破れた東京で やぶれかぶれの文学路
憂いさの捨て場の浅草で
酔いしれたいけない芙美子を叱る芙美子
「花の命はみじかくて
   苦しきことのみ多かりき」
花の芙美子はあばれ花
初恋未練のあばれ花
行きくれて、まぶたに浮かぶ尾道の海

第五回公演 「雁木物語」

第五回公演 (第60回尾道みなと祭)
「雁木物語」
平成15年5月18日
しまなみ交流館

街は一日にして成らずと申しますが、文化も同じです。
私たちの大好きな尾道の街も文化も長い歴史をかけて築かれてまいりました。
大事にしなければならないと思います。
市民劇団である私たちテゴー座は、その尾道の街や文化を築いてきた先人たちの物語を取り上げて上演してまいりました。
今回上演します「雁木物語」もそのひとつです。尾道の第二期黄金時代であった文化文政のころ、現在の尾道の繁栄の基礎をつくられた人です。
その人の名は「平山角左衛門」。1740年頃の尾道奉行だったお方です。
「雁木」という言葉をご存知ですか?「雁木」は昔の船着場にはなくてはならない海に向かって作られた石段のことです。平山様は「尾道みなと」の大改修をされたお方で、今の住吉浜あたりの約千坪を埋め立て、荷揚げ場や雁木を二ヶ月余りの短時間に立派に作られたのです。尾道が港として大発展するのはそれからです。
今、尾道の三大祭の一つとして開催されています港祭りは、昭和10年からはじまりましたが、実はこの平山角左衛門に感謝し、一層の港の繁栄を願ってのお祭りなのです。

第四回公演 「春雨ぢゃ濡れて往かう~行友李風物語~」

第四回公演 (テアトロシェルネ自主事業)
「春雨ぢゃ濡れて往かう~行友李風物語~」
平成14年11月16日
しまなみ交流館

劇作家行友李風と申しましてもご存知でない方が多いと思いますが、
「国定忠治」の『赤城の山も今宵を限り・・・』、「月形半平太」の
『月さま、雨が・・・』『春雨ぢゃ濡れてゆかう』という名セリフは
どこかで耳にされたことでございましょう。
この名セリフを書いたのが私の夫、行友李風でございます。
それはもうたいへんな評判で、私どもの劇団『新国劇』の当たり
狂言として何度も何度も上演され、そのたび大入り満員でございました。
李風が十八まで住んでおりました尾道のみなさまに李風のことを
お話できること本当にうれしゅうございます。
                      李風の妻 静江 談

第三回公演 「花の命~放浪のひと 林芙美子~」

第三回公演 (林芙美子没後50年記念事業)
「花の命~放浪のひと 林芙美子~」
平成13年29日
しまなみ交流館

8つの時私は母に連れられ家を出ました
養父は私を本当の子どものようにかわいがってくれました
しかし定まった家を持たない木賃宿ばかりの生活・・・
12才の暮れ初めて尾道に降り立ったのです
尾道で過ごした女学校時代・・・本当に夢のような生活でした
苦しい生活をやりくりして学校に行かせてくれた両親
そこで出会ったかけがえのない先生 友達 恋人
すべてが将来の私の背を押してくれたのです
東京に出てからは様々な仕事をし、
いろいろな人に出会い多くの恋をし
そんな生活の中で笑い叫び涙しました
だけど私の心の宝物箱にしまっている大切なモノ
~おのみち~はいつもやさしく包んでくれるのです
だから私はここまで歩いてこれた・・・
私には~ふるさと~があるんです

第二回公演 「木筆花~平田玉蘊の物語」

第二回公演 (国民文化祭)
「木筆花~平田玉蘊の物語~」
平成11年10月9日
しまなみ交流館

江戸時代後期に活躍した女流画家“平田玉蘊”の20歳からの人生を池田明子著『頼山陽と平田玉蘊』などをもとに描いた。
~平田玉蘊は当時の尾道でどのように生きたのだろう・・・
運命の人“頼山陽”との出会いと別れ・・・
生涯をかけ絵に打ち込み自立していった人生の模索
節目節目に思いを込めて描かれたそれぞれの絵
今なお私たちに語りかけている~

STAFF
座長・演出  :駄賀繁男
プロデュース :田島美鈴
脚   本  :武田智子
舞台監督   :中村忠男
舞台美術   :織田健爾
舞台装置   :森義幸
かつら・メイク:城尾宗明
美容・衣装  :石岡明美
かつら・メイク:河村明
着 付 け  :松原陽子
        高橋富志恵
スライド提供 :村上宏治
日本画指導  :松山洋子

CAST
豊(平田玉蘊):石山登喜子
庸(玉蘊の妹):宮沢ちさ恵
峯(玉蘊の母):武田智子
頼山陽(久太郎):吉田和生
浄土寺住職  :駄賀繁男
橋本吉兵衛  :徳永修

鳥   居  :鍛冶川孝雄
渡   橋  :出野和弘
亀   山  :山本伸
みなとや   :水尾伸昭
頼春水    :遠藤進
頼春風    :森修次
頼杏平    :藤井康幸
頼権次郎   :中村防人
小石元瑞   :渡辺裕右
橋本吉兵衛の妻:魚谷有子
新   助  :門田浩太郎
こ ど も  :西内賢吾・薦田麻衣・岡本真衣・坂倉美代・鈴木里砂・岩下和世・藤原桂香・三瀬和桂菜

第一回公演 「ふみこ」

第一回公演 (プレ国民文化祭)
「ふみこ」
平成11年10月9日
しまなみ交流館

作家林芙美子の銅像が魂を持って動き出し、現代を生きる女性とともに銅像の芙美子が大正時代へタイムスリップするという奇想天外なストーリー。
公演終了後、演劇評論家の衛紀生氏は、「まちづくりは住んでいる人の人間関係を成熟させることが第一、そこでの演劇の果たす役割は大きく、ボランティアの多く関わったテゴー座にこれからも期待します」とのお言葉。尾道文化を演劇を通して伝えていこうとする私たちテゴー座の旗揚げ公演でした。役者、裏方、エキストラも含め役80人に関わっていただきました。

STAFF
座  長:駄賀繁男
作・演出:武田智子
舞台監督:水尾伸昭
舞台美術:川崎一朗
文芸担当:永井信彦
時代考証:池田康子
事務局 :田島美鈴

CAST
嶋田ひとみ 
竹中千秋
駄賀繁男
吉田和生
亀田由記
川本君子
宮沢ちさ恵
西森扶実
中村忠男 
その他

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